2000

#G008・兄妹

「ちっ、全然変わってねえじゃねえか……」
 カイ・シデンが忌ま忌ましそうに舌打ちをしたのは、六年前の出来事がつい昨日のように思い出されたからではなかった。
 戦争が終わっても、全てが何も変わらずにいた。各地で相次ぐ紛争、不穏な動きを見せるジオンの残党、それに対抗して発足した連邦軍特務部隊、再び訪れようとしている宇宙戦争の危機。カイは、ジャーナリストとしてこれからの歴史を見届けようと決心していた。
 北アイルランドの夏は、ジャケットが必要なほど寒かった。薄暗い雲に覆われたベルファストの街は、前より寂れたような気がする。朧げな記憶を辿りながら、カイは小高い丘の上へやってきた。
 朽ちかけた玄関ポーチは修理された跡などなく、家の周りの下草も際限なく生い茂って、その家が留守であることを知らしめてくれた。カイは、遠巻きに裏手へ回った。
「墓か……」
 盛り土に立てられた十字架も傾いている。カイは、墓前にしゃがみ込むと、懐から一輪の花を取り出した。
「悪いな、花屋が見つかんなくってよ……」
 十字架を立て直して、カイは祈りを捧げた。来ようと思えばすぐにでも来れたはずだが、元ホワイトベースの乗組員がジオンのスパイと知り合いだなどと知れれば、ただでさえややこしい立場がこじれて、ジャーナリストとしての行動範囲が狭まるのを恐れていたのだ。
「……終わらせねえとな、お前のためにも。このくだらねえ戦争をよ」
 立ち上がったと同時に、カイは人の気配を感じて振り向いた。窓の向こうに、こちらを見つめる目があった。
「……ミリーか?」
 少し下がり目の目許は間違いない、ミリー・ラトキエだ。まるでそれを証明するかのように、窓が開いた。
「誰?」
「俺だよ、憶えてねえか。昔、ミハルねえちゃんと一緒だった、連邦軍の」
「そんなの、いくらでもいるわよ」
「そ、そうか……」
 カイは、その言葉の意味がだんだん重くのしかかってくるのがわかった。
「ああ、カイ・シデンってあんた? ミハルねえちゃんの死亡通知書と一緒に金送ってきた……」
「そうそう、そうだ」
「あの金もう遣っちまったからね。返せなんて言わないでよ」
「構わないさ。もっと早く、墓参りに来たかったんだが、ミハルには……ねえちゃんにはすまないことをしたよ」
 ミリーは、薄手のガウンのような服の合わせ目を直した。
「それ、ねえちゃんの墓じゃないよ。あたいと兄ちゃんの墓さ。今のうちにつくっとかないと、あたいたちの墓なんか誰も建てちゃくれないよ」
 血の気の失せた顔で、ミリーは気だるそうに話している。
「ジルは、兄ちゃんは元気なのか?」
「さあね。どっかで野垂れ死んでなきゃいいけど」
「ここにはいないのか」
「ずっと街に行ったっきりさ。どこで何してんだか……」
 その時、ミリーの後ろで何かが動いた。
「ミリー、誰かいるのか?」
 後ろからミリーの肩を掴んで姿を見せたのは、裸の浅黒い中年男だった。
「もう、ミリーちゃん、何してんだよ。こっちおいでよ」
「うるさいな、このスケベじじい」
「ミ、ミリー……!」
 カイは、窓枠を乗り越えて男に飛び掛かっていた。指の骨が折れそうなほど殴り付けて、玄関から放り出した。
「ちょっと! あたいの客に何すんのさ!」
「客……?」
 カイは、最後の力でミリーを平手打ちした。
「くそっ、何てこった……」
 ミリーはカイを睨み付けようとしたが、目線の位置にその姿はなかった。
「ミハルと会わなければ、こんな……俺が、ミハルを殺したんだ……俺が、俺が!」
「カイ、さん……」
 ミハルや兄妹達の痛みに比べれば、この手の痛みなど取るに足らない。カイは、座り込んで床を何度も殴り付けた。
「ちょっと……、やめなよ。……やめなって!」
 ミリーは、血だらけのカイの手を取って握り締めた。
「あんたのせいなんかじゃないよ。……それはねえちゃんもよくわかってるはずさ」
「す、すまない……」
「待ってて、薬取ってくる」
 ミリーはそう言うと、元いた部屋へ戻っていった。
「……そっか、毎月お金送ってきてくれたの、カイさんだったんだね」
「へへっ、出しゃばった真似しちまったな。だが、今の俺にはそれくらいのことしかできねえんだ。すまねえな」
「ううん、……ありがとう」
 包帯を巻いているミリーの姿に、あの時のミハルの姿が重なった。
「カイさん」
「ん?」
「カイさん……、ミハルねえちゃんのこと、好きだったの?」
「……ああ、好きだったさ」
「そっか。じゃ、ねえちゃん、天国で安心して暮らせるね」
 ミリーに、あどけない表情が戻った。
「なあミリー、いつまでもこんなところにいちゃだめだ。俺と一緒に来ないか」
「どこへ?」
「俺の友人が、お前達みたいな戦災孤児を引き取って育てているんだ。そこへ行こう」
「でも、兄ちゃんが……」
「心配するな、ジルも一緒に連れていく」
「でも……」
 鈍い振動が、木張りの床を震えさせた。
「何だ、爆発か?」
 カイは、家の外へ出て街を見下ろした。
「……兄ちゃんだわ」
「何? ジルがどうかしたのか?」
「あの爆発……」
「ま、まさかミリー、あれがジルの仕業だと」
 街中に、警戒を促すサイレンが鳴り響いた。
「カイさん! 兄ちゃんを助けて!」
「ジルは一体何をやってるんだ?」
「……よくわからないけど、爆弾つくって街で爆発させたり、連邦軍の軍人さんを襲ったり、とにかく悪いことばっかりして、警察に追われてるの」
「くそったれ!」
 カイは、丘を駆け出した。
「お願い! 兄ちゃんを助けて!」
 ミリーの叫びにも似た声が響く。二回目の爆発が、連邦軍ベルファスト基地で起こっていた。

『正面ゲート、外壁大破!』
 ベルファスト基地司令は、苛立ちを隠し切れずデスクを叩いた。
「チンピラどもを早く始末しろ!」
『ヨーロッパ方面軍本部から入電、ティターンズの部隊が支援してくれるそうです』
「ティターンズだと?」
 基地司令は瞳を曇らせた。ジオンの残党狩りとして結成された連邦軍精鋭部隊が、こんな僻地のごたごたに首を突っ込むほど暇を持て余しているのか。
「ティターンズでもなんでもいい、手伝わせろ」
 戦争はとっくに終わったんじゃないのかと、基地司令はもう一度デスクを殴り付けた。

『調子はどうだ、ジェリド』
「良好だ。そっちは」
『問題ない。あと二十分ほどで現着だ』
 ドダイ改に乗った二機のジム・クウェルは、リバプールからアイリッシュ海に出た。
「……あんなところにもジオンの残党が残ってやがんのか……」
 ジェリド・メサは、霞の向こうの北アイルランドを見遣った。

 基地周辺は、武装した連邦兵士や有線ミサイル車が物々しい警戒を続けていた。街は、別段混乱した様子もなく、兵士だけが慌ただしく街路を走り回っている。
「……使えるな」
 乗り捨ててあったバイクに股がると、カイは最初に爆発のあったほうへ走りだした。
「ジルの奴……、まさかエゥーゴに……」
 数年前から、反地球連邦政府活動が組織化され始め、その中心にあるのがエゥーゴである。それは、ジオンの残党が結集したような単純な組織ではなく、かつてジオン・ズム・ダイクンが提唱したコントリズムを推進し、地球連邦政府の政治に不満を持つスペースノイドが決起して作り上げた組織である。
 爆破された建物は、兵士が集まるバーであった。昼間なので客はいないだろうが、辺りは焼け焦げた匂いが立ち篭めていた。
「ジル、早くしねえと……」
 アクセレーターを握ったとき、銃声がして前輪がパンクした。
「ちっ!」
 カイは、勢いでそのまま走りだし、バイクを乗り捨てて建物の角へ身を隠した。
「いるのか、ジル……」
 懐の銃に手をやって、辺りを見回した。しばらくすると、ライフルを手にした男達が数人、建物の陰から通りへ出てきた。
「ジル! ジル・ラトキエ!」
 中の一人が、立ち止って辺りを見回した。カイは、それを見て通りへ飛び出した。
「撃つな! 俺は連邦軍じゃない!」
 カイは、両手を挙げて一団に近づいていった。
「ジル、……ジルだな」
 一番背の小さな男、というより見かけは明らかに少年だった。他の連中もみんな年端のいかない少年達ばかりだ。ライフルを構えている少年を押しやって、その小さな少年がカイの前に出てきた。
「憶えてるか、ジル」
 ジルは、じっとカイの目を見据えていた。
「ああ、忘れるもんか。……あんたが来なければ、ねえちゃんは死なずに済んだ」
「……そうかもしれんな」
「何しに来た」
「俺に、……だから俺に、お前とミリーを助けさせてくれ」
「助ける? 俺とミリーを?」
 ジルは、鼻を鳴らして嘲笑した。
「俺がいつ助けてくれなんて言ったよ、ふざけんな」
「お前達のやってることがどういうことだか知っているのか」
「俺達は、俺達の戦いを続けているんだ。ほっといてくれ」
「待て!」
 掴んだ腕を、ジルは振り払った。ライフルの少年が狙いをつける。
「……やめろ、弾がもったいねえ」
 ジルは、カイに一瞥をくれて、一団と共に歩きだした。
「ジル、ねえちゃんが知ったら悲しむぞ。お前がこんなことをしているなんてな」
 ジルは立ち止って、死んだような目でカイを見つめた。
「……ねえちゃんは、もう死んだんだ……」
 カイは、かぶりを振って乗り捨てたバイクの処へ向かった。
「ん? 何だ?」
 空気を切り裂くような音がしたかと思うと、通りを運搬機に乗ったダークグレーのモビルスーツが横切った。
「ま、まずい!」
 銃撃の音がして、爆発があった。ジル達のいた通りだ。
「ジル!」
 粉々に砕け飛んだ建物や道路の瓦礫に混じって、彼らの身体があった。
「くそったれ!」
 ジルは、梁の下敷きになって呻いていた。
「ジル! しっかりしろ!」
 下半身は血の海の中にあった。カイはかぶりを振った。
「……カイ、さん……」
「ジル! しっかりするんだ、ジル!」
「……お、丘を越えたところの、アジトに、モ……モビルスーツが、あるんだ。……そいつで、俺達の仇を……、頼むよ……カイさん……」
「ああ、わかった、もう喋るな!」
「……これで、……またねえちゃんと一緒に……」
 腕の中で、頭ががくんとうなだれた。
「ジル!」
 カイは、動かなくなった身体を横たえた。
「くそったれがあっ!」

『奴ら、これで沈黙したな』
「ああ。モビルスーツの一機でも出てくるかと思ったがな」
『引き揚げるか、ジェリド』
「俺はもう少し辺りを見回る。先に帰ってくれて構わんぞ」
『じゃ、そうするか』
 ティターンズのプレゼンスを浸透させるには、徹底した行動が必要である。無慈悲であろうと、残酷であろうと、ジオンの残党や反連邦分子には断固たる態度をとらねばならない。念願のティターンズへ入隊したジェリドは、その使命感に溢れていた。
「ん、まだ残っていやがったのか」
 索敵モニターが、一時の方向に警告を出した。
「あ、あれは?」
 丘から下りてきたのは、モビルスーツだった。建物の陰に紛れて、その姿を隠した。
「あれは確か、ジオンのゴッグとかいう……」
 突然通りに現われたゴッグの拡散ビームが、ジェリドのジムをドダイから落とした。
「くそっ、やりやがるぜ」
 体勢を立て直すジムに、ゴッグが凄まじい勢いで接近してきた。
「は、速い!」
 振り下ろされたゴッグの爪が、ジムのライフルを弾き飛ばした。
「こいつ!」
 ジムはビームサーベルを抜いて、ゴッグの腕を切り落とした。
「旧式は引っ込んでいろ!」
 ゴッグはビームサーベルの切っ先を交わすと、後退して拡散ビームを連続して撃ち込んだ。
「うわあっ!」
 シールドが吹き飛ばされ、サーベルを持った腕も吹き飛ばされて、ジムは退却した。
「ば、馬鹿な、この俺が……」
 警告の鳴り響くコクピットで、ジェリドは唇を噛みしめた。
「ティターンズのこの俺が……」
 ジムが退却するのを待っていたかのように、ゴッグはあらゆる関節からオイルを噴き出した。しゃがみ込んだゴッグのコクピットハッチが開いて、汗だくのカイが地上に降りた。
「仇はとったぜ、ジル……」
 カイは、オイル塗れのゴッグを見上げた。
「……戦いは、これで終わりにするんだ。戦いは……」
 言い知れぬ憎しみが、カイの中で沸き上がった。

 襲撃してきたジムの右肩には、ティターンズのエンブレムがあった。連邦軍基地とはいえ、ベルファスト基地はその規模を縮小している。戦略的に大した意味のない僻地の基地にまでティターンズが乗り込んできたということは、その活動がジオンの残党狩りという目的以外にまで及んでいるということだ。
 このままでは、いずれ連邦軍内でのティターンズの権威が台頭し、一年戦争のザビ家のような存在になる恐れがある。カイは、自分の力のなさを痛感していた。元ホワイトベースのクルーとして、何かをやり遂げなければならない責任を感じていた。
「せめてミリーだけでも……」
 丘の上の家に戻る道すがら、カイは一人の連邦軍兵士と擦れ違った。その男は、カイを見るなり帽子を目深に被り直して、足早に立ち去った。
「あいつ……」
 その男は、ミリーを買ってカイに殴られた男だった。
「まさか……!」
 カイは、家へ急いだ。募る不安をかき消すように、全力で丘を駆け上がった。
「ミリー! ミリー!」
 ベッドに、血塗れのミリーが横たわっていた。
「ああっ……、なんて……」
 カイは、一歩ずつミリーに近づいた。
「ミリー……」
 小さな身体を抱き上げると、細い腕がだらりと下がった。
「こんな……、こんなこと……」
 溢れる涙は、止まりそうになかった。ミリーの身体を抱きしめると、微かに憶えているミハルの匂いがした。
「……どうなってんだ、世の中は……、どうなってんだよおっ!」
 黒く立ちこめた雲から、大粒の雨が降り出した。カイは二度と、このベルファストの地を訪れることはなかった。
 ジャーナリストとしてのカイ・シデンは、中立的な立場を取りつつも、連邦軍組織の矛盾した体制を暴き、反政府活動を支援するような情報を、かつての同僚であるハヤト・コバヤシ率いる秘密結社カラバに提供し続けた。
 グリプス戦争後の彼の行方は、ようとして知れなかった。ベルファストで彼の姿を見かけたという情報もあるが、風の噂の域を出ていない。ただ、丘の上の墓標には、毎年夏になると一輪の野花が供えられていたという。
copyright (c)crescent works 2000
Permanent Link | ガンダム | WriteBacks (1)

(c) 1995- crescent works All Rights Reserved.