2001

#G011・特別攻撃隊

 パイロットは、ずっと苦虫を噛み潰したような顔をしていた。大きなエネルギーパックを背負った彼のジムは、戦艦の砲塔を切り崩したようなライフルを抱えていた。
「……あんまり気持ちいいもんじゃねえな……」
 そう呟きながら、彼はライフルの照準を合わせた。小惑星特有の凸凹した地表が、照準の真ん中だけ薄ぼんやりと光っていた。
「こちら、兵器開発実験団第七試験小隊、ジム・コマンド019。射撃準備完了」
 レーザー通信回路から射撃指令が来ても、パイロットの表情は変わらなかった。
「当たっても知らねえぞ」
 パイロットは、深呼吸をしてからトリガーを引いた。迸る粒子の束が、虚空を切り裂いていった。
「実験成功です!」
 実験管制室は俄かに沸き起こり、主任管制官が嬉々として振り向いた。
「再試験を重ねる必要はありますが、ほぼ実用段階に至ったとみていいでしょう」
「うむ、そのようだな」
「しかし、司令」
 主任管制官は一転、神妙な面持ちで立ち上がった。
「これを実戦で使用するとなると、運用面で問題が……」
「それは、我々が考えることだ。君が案ずる必要はない。ご苦労だった」
 ルナツー司令アルバート・ワッケインは、満足そうに実験管制室を後にした。

 偽りの景色は、秋の終わりを告げていた。色鮮やかな落葉が風に舞い、鱗雲は青空高く流れ行く。
「気分はどうですか、マリーさん」
 マリー・セレス・ブランドルは、ぎこちない微笑みを看護婦に返した。
「……窓、消してください」
 何の感傷もない自分が、マリーは酷く嫌だった。自暴自棄になれるほどの気力もなく、ただこうしてベッドに横たわるしかない自分が、疎ましく思えて仕方なかった。
「用があったら、言ってくださいね」
 窓枠のボタンを押して、看護婦は出ていった。彼女の笑顔さえ空々しく思えて、マリーは壁に変わった窓を見つめた。
 結婚を機に退役したことは、決してマリーの望んでいたことではなかった。平和な未来へ生命をつなげてくれという夫の言葉が、そう決断させた。だがその夫はサイド7で戦死。未来へつなげるはずの生命も昨日、その小さな光を闇が奪い取っていった。
 いつになったら涙を流して泣けるのだろうか。それとも、流す涙はもう枯れ果ててしまったのか。マリーは、その日を待ち詫びるように瞳を閉じた。

『勝算があると言うのかね、ワッケイン君』
 ティアンム提督は、モニター越しにほくそ笑んだ。
「これからの対要塞戦略には、必要不可欠な要素になるでありましょう」
『その件は君に一任するとして、作戦までにどれだけの隊を編成できるのだ』
「作戦が草案通りですと、五機を一飛行隊として、計四隊、二十機もあれば充分かと」
『……集められるのかね、それだけの兵を』
 ワッケインは、不安そうな提督に相対した。
「お任せください、提督」
『うむ、君は言葉通り実行する男だ。期待しているよ』
 提督は、軽く手を振ってノイズに紛れた。
「……さて」
 敬礼の手を解くと、ワッケインは司令執務室の椅子に深く腰掛けた。
「どうしたものか……」
 自分に命を預ける兵士が、果たしてどれくらいいるものなのだろうか。ワッケインの不安は募るばかりであった。

 自分でも信じられないくらい、食欲があった。こんな時でも人間は腹が減るのかと、マリーは思った。それとも、もうとっくに頭がおかしくなってしまっているのか。ともかく、担当医が納得するくらいに、マリーの体調は回復していった。
「官報? 官報ですか?」
 雑誌を持ってきた看護婦に、マリーが頼んだ。サイド7からの避難民は、新型戦艦と共にジャブローへ向かった。身重だったマリーを含めて、重傷者は全てルナツーに収容されていた。
「紙のものしかなくって」
 マリーは、看護婦から紙製の官報を受け取ると、隅々まで目を通し始めた。
 戦況を知りたかったのは、マリーが一度は軍に身を置いたからであろう。亡き夫と出会わなければ、今でも最前線に立っているに違いない。小さな囲み記事が、マリーの目に止まった。
「ごめんなさいね、あなた……」
 内緒で予備役に登録していたことを夫に詫びて、マリーは官報を閉じた。

「もう少し時間があれば……」
 間もなくジャブローから大艦隊が上がってくる。ソロモン攻略戦は既に準備段階に入っていた。ワッケインも、一個戦術艦隊群を率いてこの作戦に参加することが決定していたが、驚くなかれ、その中にあのホワイトベースも含まれているというのだ。
「ひよっ子どもめ、必死に生き延びてきたんだな」
 それは、ワッケインにとって彼らに贈る最大級の賛辞だった。
「詳細報告です」
 それが芳しくないことは、携えてきた副官の顔で窺い知れた。
「どれも素行のよくない連中ばかりです。恩赦目当てなのが見え透いております」
「口を慎まないか。動機はどうあれ、彼らの志を卑しむような言葉は口にするな」
 副官は、深々と一礼して司令執務室を後にした。
「……誰が好き好んで戦うものかよ……」
 第99特別攻撃隊志願者二十名が、そこに刻まれていた。

 昔、戦うことは男の仕事だったと言う。男は、愛する者を守るために戦った。だが、女にも守るものはあった。愛する夫や子供のために戦いたいという思いは、権利という言葉に擦り替えられ、抑圧されていた。遠い昔の話だ。
 ルナツーを発進した第三艦隊は、主力であるティアンム艦隊群と平行するように、月軌道の内側を進んでいた。
 病み上がりは何の理由にもならない。復帰したマリーは、士官として特別攻撃隊を率いることとなった。加えて、新造された突撃艇の操縦レクチャーや作戦のブリーフィングなど、休む間もない。
 そして、悩みの種がもう一つあった。
「やってられるかよ!」
 一人の隊員が、机を蹴り飛ばして立ち上がった。
「毎日毎日同じことばっかりやらせやがって!」
 マリーは、会議室の壇上から冷やかな視線を彼に送った。
「辞めたいのならどうぞご自由に」
「……くそっ!」
 隊員は、マリーを一瞥して出ていった。
「みんなも、辞めたいなら辞めていいわよ。こんな簡単なことができないんなら、いてもらってもしょうがないもの」
 マリーのその言葉に、次々と隊員が立ち上がっては出ていった。散らかった机や椅子の只中で、一人だけ若い隊員が残っていた。
「あなたは? どうするの?」
 その隊員は、しばらくマリーを睨み付けていた。
「……隊長さんよ」
「何かしら? 質問?」
「あんた、女のくせになんで戦ってんだ?」
「じゃ訊くけど、あなたは男のくせに戦わないの?」
「そういうこと訊いてんじゃねえよ。死ぬのが怖くないのかって訊いてんだよ」
「じゃ怖いと戦えないんだ」
「いちいちうるせえな、質問に答えろよ」
「答えないのが答えよ」
 隊員は、眉を歪めた。
「……じっとしていても何も変わらないわ。じっと待っていたって戦争は終わらない。じっとしていてただ死ぬよりは、戦って死にたい。そう思っただけよ」
 隊員は、マリーを睨み付けたまま立ち上がった。
「はん、みんな見かけ倒しなのね。がっかりだわ」
「……勘違いすんなよ」
 隊員は、肩越しにマリーを見遣った。
「二人だけで何ができるっていうんだ。……連れ戻してくるよ」
 マリーは、涙をこらえながら、散らかった机や椅子を片付け始めた。

「さて、ホワイトベース見せてくれよ。ルナツー以来のひよっ子が、どう一人前になった
かを」
 艦隊は、横一文字体形をとった。ソロモン攻略戦の火蓋が、今まさに切られようとしていた。
「13番艦へ、こちら旗艦艦隊司令ワッケインだ。パブリク隊を呼び出してくれ」
 ブリッジの通信モニターが、マリーの姿を映しだした。
『はい、第99特別攻撃隊マリー・ブランドル中尉です』
「中尉、作戦の成否は君の隊の活躍如何で決まる。期待しているぞ」
 マリーは、敬礼でその激励に答えた。
「彼女が……」
 ワッケインの呟きを、ブリッジで聞いた者はいなかった。男でさえ尻込みするような特別攻撃隊に志願し、しかも荒くれ者ばかりの隊を率いて最前線に向かおうとするその姿に、ワッケインは少なからず感銘を覚えた。
『ティアンム艦隊群司令より、時間合わせ、入りました』
 ワッケインが、感傷に浸っている時間は僅かしかなかったが、それで充分であった。
「パブリク隊発進、全艦ソロモンに侵攻する!」
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