1997

#G003・黒い三連星

「ガイア・フィジャック大尉でいらっしゃいますね?」
 恵みの太陽を遮った細身のシルエットに、ガイアは身を起こした。
「大尉ってのはやめてくれ。今は休暇中だ」
「申し訳ありません、フィジャック様」
 ガイアは、白いテーブルに残っていたドライシェリーを飲み干して、ダブルのスーツを着込んだ細身の男を恨めしそうに一瞥した。
「暑くないか?」
「は、私には紫外線があまりよくありませんので」
「ふん、エリートは贅沢なものだな」
 大儀そうに立ち上がると、ガイアは陽に焼けた身体に白いガウンを纏って、男の後ろに続いた。
「本当にキシリアが、……司令閣下がいらしてるのか?」
「はい。マ・クベ様の基地でお待ちです」
「ふん……」
 あの腰の重いキシリア少将が、わざわざ地球まで出向いてくるなど、ガイアにはどうしても信じられなかった。
 話には聞いていたが、そうなると連邦のあの木馬とかいう独立部隊が、次第に力を付けつつあるということなのだろう。あのシャア奴が討ち洩らすほどだ。今はランバ・ラルの隊が追撃しているらしいが。
「新型、でありますか?」
 キシリアは、静かに頷いた。
「そうだ。新型だよ、ガイア殿」
 キシリアの後ろで、腕を組んだマ・クベ大佐が不敵な笑みを浮かべていた。
「プロトタイプは既にロールアウトしている。今グラナダでテスト中だ。……で、ガイア殿……」
「その新型で、オデッサに加われと、おっしゃるので?」
「……察しがよいな、フィジャック大尉」
「は……」
 キシリアは、虚ろな目を細めてガイアを見つめた。
「貴殿だけではない。アンスバッハ中尉と、サラトフ技官にも来てもらうことになる」
「オルテガとマッシュも、でありますか?」
「トロワゼトワル・ノワールの復活だよ、ガイア殿」
 副官が何やら耳打ちして、マ・クベはこの場を後にした。
「……それほどなのでありますか?」
「私も、最初は信じていなかった。シャアの報告を聞くまでは。追撃中のラル隊ですら、木馬を討つことは恐らく叶うまい。そして、あのガンダムとかいう連邦のモビルスーツ、パイロットはニュータイプではないかという噂だ」
「ニュータイプ、でありますか……」
 ガイアは、まだ見ぬ敵に戦慄と闘志を覚えていた。
「だからこそ……」
 キシリアは、周りを一瞥してマスクを外した。
「だからこそ、貴殿の力が欲しいのだ。このまま木馬の隊がオデッサに加われば、マ・クベの軍勢とて持ち堪えられるかどうか定かではない。その前に、連邦のガンダムと木馬を……」
「キシリア閣下、もうそれ以上何も申されませぬよう。このガイア・フィジャック、トロワゼトワール・ノワールの名誉に賭けて、木馬とガンダムとやらを討ってみせましょうぞ」
 キシリアの赤い唇が、僅かに震えていた。

 グラナダは、ルウム戦役以来だった。腎臓を患わなかったら、そのまま前線にいたかもしれない。
 二人と会うのも久しぶりだ。オルテガは、療養中に一度見舞いに来てくれたことがあった。それも作戦行動中にだ。マッシュは、何度か手紙をもらった。本国でMSの教練をやっているらしく、多忙で来れないことを文面でしきりに詫びていた。
 オデッサまで十日とないが、昔の勘を取り戻すのにそう時間は必要ないだろう。新型MSのドムにも期待している。眼下に迫る月面を見ながら、逸る気持ちを押さえるのが精一杯だった。
「よう! ガイア!」
「遅かったな」
 タラップの降り口で、二人が出迎えに来てくれていた。
「おう、元気そうだな、二人とも」
「それはこっちのセリフだ」
「もう身体は大丈夫なのか?」
「でなけりゃ来るものかよ」
「そりゃそうだ」
 アフリカ戦線で現役のオルテガは、以前より身体が引き締まっている。マッシュは、やはり神経を使うのか少し痩せたようだが、体型は維持している。一番問題なのはガイアかもしれなかった。
「で、もう新型には乗ったのか?」
「いや、まだだ」
「どうせなら、みんな揃ってからのほうがいいと思ってな」
 ガイアは、スーツケースを下士官に放り投げると、三人こぞって整備棟へ向かった。
「ほう! こいつがドムか」
 整備ハンガーに三機、まだカラーリングされていない鈍色のモビルスーツが横付けされていた。
「ザクよりだいぶでかいな」
「こいつが量産されれば、各地の戦線も優位に立てるぜ」
「新型もいいが、インターフェイスやソフトウェアの改良も平行してやってほしいものだ」
 三人は、それぞれの立場で感想を抱きながら、目の前のMSを眺めていた。
「ちょっとちょっと、勝手に入ってきちゃ困る……」
 まだ若いその整備兵は、スーツ姿の三人を怪訝そうに見つめながらも、やがて驚愕の表情で身体を強ばらせた。
「し、失礼しましたっ、黒い三連星殿っ!」
「ふん、そういう呼ばれかたも珍しいが」
「おい若いの、これ、色は何色なんだ?」
「やっぱり、黒く塗るのか?」
「は、はっ、その通りであります」
「ふん……」
 ガイアは、訝し気に機体を見上げた。
「わざわざねえ……」
「い、いえ、大尉殿、このドムは、プロダクションカラーが黒なのであります」
「ほう、そうなのか」
「はいっ」
 別にあやかっているわけでもないだろうが、ガイアはなんとなくいい気分だった。
「ガイア、そろそろ戻ろうぜ」
「キシリア閣下に帰還のご挨拶をな」
 もう一度機体を見上げて、ガイアは踵を返した。
「じゃあな、若いの。整備しっかり頼むぞ」
「はっ、ご一緒できて光栄です。黒い三連星殿っ!」
 三人は、苦笑いを浮かべながら整備棟を後にした。

 実戦から遠退いていたガイアにとって、勘の鈍りは予想以上だった。シミュレーションプラクティスも、予定の半分しかクリアしていない。さしもの二人も、これではオデッサまでに間に合うかどうか心配になっていた。
「ガイア、2時の方向だ!」
「フォーメーション……、α6じゃ間に合わん!」
「パターンFで回避しろ、ガイア!」
「くそおっ!」
 コクピット内が赤く照らされ、自機が撃破されたことを示すメッセージがメインパネルに表示された。
「またか……」
「ガイア、少し休憩しよう」
 ガイアは、シミュレーターのハッチが開くなりヘルメットを投げ付けた。
「なんであの白い奴があんなに速いんだ!」
「ラル隊が送ってきたデータだ。確かだよ、ガイア」
「くそっ!」
 シミュレーションルームを出ていくガイアを、誰も止めようとはしなかった。オルテガもマッシュも、正直これほど酷い状態だとは思ってもみなかったからだ。
「まずいな……。このままでは、木馬を沈めるどころか、まともに戦うことすらできやしない」
「ああ、だが、もう何をするにも時間がない。連邦はオデッサデイを早めるらしいからな」
「……堕ちたものだな、黒い三連星も」
「言うなよ、オルテガ。……信じるしかないだろう、一番辛いのは奴なんだ」
 二人からついて出るのは不安の溜息だけであった。

 ガイアは、整備棟にいた。ノーマルスーツの腰の辺りからは、データ収集用のコネクタがぶら下がったままだった。
 ドムの整備は順調に進んでいた。カラーリングも施され、照明に威風堂々とした姿が浮かび上がっている。ガイアは、呆然とたちすくんだままその姿を見つめていた。
「……何がトロワゼトワル・ノワールだ、くそったれ……」
 ハンガーに固定された各機に整備兵が取り付いて、最終の調整作業が行なわれていた。
「フィジャック大尉殿!」
 整備兵の一人が、ガイアの姿を見つけて下へ降りてきた。
「おう、こないだの若いのか」
「はいっ、お見知りおきいただいて光栄であります」
「どうだ、ドムの調子は?」
「はっ、整備は順調に進んでおります。十二時間以内で出撃可能であります」
「ふん、そうか」
「よろしければ、お乗りになられますか?」
「いいのか?」
「それで、でありますが……」
 何か言いにくそうな若い整備兵は、振り返ってドムを一瞥した。
「その……」
「なんだ、はっきり言ってみろ」
「は、はいっ。ご、ご一緒に、しゃ、写真を撮らせてはいただけないでしょうかっ!」
 頭の天辺から爪先まで硬直しきっている整備兵に、ガイアは苦笑した。
「ああ、構わんぞ」
「はっ、ありがとうございますっ!」
 整備兵は、リフトを操作してガイアをコクピットまで上げた。
「し、しばらくお待ちくださいっ」
 そう言うと、整備兵はまた下へ降りていった。
 ガイアは、コクピットハッチの縁に手を掛けたまま、中の様子を見渡していた。やがて、意を決したようにシートに飛び移った。
 イグニッションはロックが掛かっていたが、コンソールには火が入っていた。軽くシート位置を合わせて、左右の操縦桿の感覚を診た。ガイアの中に、あの感覚が蘇った。頭蓋が痺れるように震えた。トロワゼトワル・ノワール、ジオン公国に黒い三連星あり。
「た、大尉殿!」
 その声にコクピットの外を見ると、リフトに溢れんばかりの整備兵が乗り込んで上がってきた。
「よ、よろしいですか?」
 ガイアは、笑顔で手招きした。

「ようし、休憩は終わりだ」
 意気揚揚とシミュレーションルームに戻ってきたガイアを、オルテガもマッシュも奇異な眼差しで見つめざるを得なかった。
「何ぼーっとしてるんだ二人とも。さあ、あれをやるぞ」
 ガイアは、颯爽とシミュレーターに乗り込んだ。
「あれをやるのか、ガイア?」
「おうよ。トロワゼトワル・ノワールの恐ろしさ、連邦のガンダムとやらに味わわせてやるのさ」
 ガイアのその目の輝きに、二人は顔を見合わせて頷いた。
「行くぞオルテガ、マッシュ。白い奴にジェットストリームアタックだ!」
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